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いますからね」
「じゃ、ぼく、天才なんかになりたくないや」
良平がうっかりそんなことをいってのけたので、一同大笑いになったが、ちょうどそこへ、美しいお客さまがあった。
「まあ、おにぎやかですこと。みなさま、なにを笑っていらっしゃいますの」
そのひとは|森《もり》|美《み》|也《や》|子《こ》といって、おなじ町に住んでいる娘だが、良平の一家がこちらへひっこしてきてから、親しくなり、ちかごろでは欣三おじさんの、仕事の手伝いをしているのだった。
「やあ、美也子さん、いらっしゃい。なにね、良平のやつが、おもしろいことをいうものですから……」
と、欣三おじさんがいまのいきさつを話して聞かすと、美也子はふきだすかと思いのほか、見る見るまっ青になった。
「まあ、それじゃこれが、杉勝之助というひとの劍�勝螭扦工巍�
と、そういう聲がなぜかふるえているようなので、一同はおもわず顔を見合わせた。
「そうですよ、美也子さん。あなたは杉という男をごぞんじですか」
「はあ、あの、ちょっと……」
と、そういったかと思うと、美也子はきゅうにハンカチをだして、目を押さえたので、欣三おじさんもおかあさんも、いよいよびっくりして目を見合わせてしまった。
美也子は、やがて涙をふいてしまうと、
「しつれいいたしました。つい、むかしのことを思いだしたものですから……わたし、杉さんというかたにおうらみがございますの。でも、あのかたをおうらみするのは、わたしどもの思いちがいかもしれないんですの。なにしろ、あのかたは死んでしまわれたので、おたずねするわけにもまいりませんし……」
「美也子さん、それはいったいどういうことですか。杉がなにか悪いことでも」
「それはいつか、おりがあったら申しあげますわ。わたしどもの思いちがいだったとしたら、杉さんにたいへんしつれいなことですから……それより、先生、お仕事をつづけましょう」
それを聞くとおかあさんは、良平の手をとって、
「そう、それじゃ良平、しつれいしましょう。おじさまのお仕事のじゃまをしてはいけませんからね。美也子さん、ごゆっくり」
「おくさま、たいへんしつれいいたしました」
美也子はなんとなく、かなしそうな顔をして、おかあさんや良平に頭をさげた。
その晚、良平はじぶんのへやへ帰ってきても、美也子のあのかなしそうな顔が、気になってたまらなかった。
それというのが良平は、美也子がたいへんすきなのである。美也子はとてもきれいで、やさしくて、だれにもしんせつだった。そして、なにをさせてもよくできるのだ。おかあさんもおじさんも、美也子の頭のよいのをほめている。それに美也子は、たいへんふしあわせな身の上なのだった。
美也子はむかしからこの町に住んでいるのだが、まえに住んでいた家は、とてもりっぱな、大きなうちだった。
それが戦爭からこっち、だんだんびんぼうになり、家もてばなさなければならなくなったうえに、おとうさんがきゅうに亡くなったので、いまではおかあさんとたったふたりで、みすぼらしい家にすんでいるのである。
なおそのうえに、おかあさんが、長い病気で寢ているので、いよいよこまって美也子が、はたらく口を見つけなければならなくなったが